みなさんこんにちは、なつきです🌷
GW始まった方も、そうでない方も、いかがお過ごしでしょうか?
今日は、私の最愛について少し。
実は私には今年5歳になるやんちゃな坊や👦がおりまして、日々戦っているところです笑
そんな坊やとの日々の中で、私は頭を悩ませることが多いのです。
坊やとお出かけしている時や、何の気無しに話している時。
坊やはよくこう言います。
「どうしてお母さんはそうだと思ったの?」
ギクリ。
なかなか難しい質問をしてくるじゃないか。
どちて坊やめ。
私は子供の投げかける質問には必ず答えようと常々心がけているので、必死になって悩みます。
物事や、行動の理由について。
どうして私はそう思ったのか、そう解釈しているのか。
知っていることであれば堂々と、こうだよ!と答えられるのですが、概念であったり私個人の考え方であったりと偏りがあるものを、果たして子供に教えていいものだろうか…
以前読んだ本に、
「子どもって乾く前のセメントみたいなんです。落としたものの形が、そのまま跡になって残るんです。」
と書いてあって、ハッとしたことがあります。
かつて私も子どもだった経験があるからこそ、その表現がしっくりきたんですね。
子どもだからわからない、子どもだから覚えているはずがないなんて決してない。
まっさらな状態だからこそ、親の言葉が絶対的な価値観として刻み込まれてしまう。
そのセメントはいずれ固まり、大人になってからの生きづらさに繋がることもある。
みんな誰しも大なり小なり生きづらさを感じるとは思いますが、私自身ももちろんあって。
それは明確に、親の影響だなと感じることもあります。
でも、実際私が親になってみた今。
あぁ、あの時言われていたことはこうだったんだなぁ。躾けてもらって、怒られていてよかったなぁ。
感謝するべき部分も沢山知ることができました。
セメントの跡は良いものも悪いものも、あったんですね😌
結局はそのセメントの跡の良し悪しを自分なりに考えて、良いものはさらに輝かせて。悪い跡は上から穴を塞いでみたり、もしくは可愛く飾ってみたり。
そうやって価値観を作ってはやり直し、を繰り返していくことが大事なんだなと思います。
となると私が坊やにできることは、
坊やの質問にしっかりと向き合い、私の30年で培った価値観のお裾分けと、多角的な視点から物事を考える力をつけさせること!!
さぁどんな質問もかかってきなさい。
セメントに、可愛いお花の跡でも刻んでやろう🌷
#本日出勤です #雑記 #脚 #ショートヘアー









































































































































10:30~18:30


















